林檎と檸檬

京橋の駅を乗り換えのために歩いていた。
京橋駅はJR線と京阪線の乗り換えでよく利用してたのだけど、JR線と京阪線で建物が違うので乗り換えるときにわりかし歩く必要がある。

ある春の日のことだ。
僕は京阪線で京都から大阪に向かっていた。
京橋駅で赤い特急電車を降り、長いエスカレーターをiPod片手に下っていった。
自動改札にサイフをかざし、京阪から環状線に乗り換えるため、スーツを着た男たちが客引きをしている広場を横断しようとしていた。

京阪電鉄の建物から出て歩いていると、ティッシュ配りをしている若いチャラチャラした男が目についた。
ここで風俗関係の宣伝をしている人はよく見かけていたので、とくに気にも留めなかった。
僕は得意げにイヤホンを耳に刺して肩に風切って京橋の駅下を歩いていた。
そのせいだったのかもしれない。僕は、ティッシュ配りをしていた若者のうちの一人に話しかけられた。

「兄さん、何聴いてるの?」
金髪にピアスの男が唐突に話しかけてくる。
できれば関わりたくないような風貌の人間だったが、僕は正直に「村下孝蔵だよ」と答えた。

すると若者は「ええね」と言い、そのまま、去っていった。
僕はガールズバーに誘われたわけでもなければ、金をたかられたわけでもない。
彼は、一体何だったのか。

その後僕は、何の変哲もなく電車の乗り換えを済ませたのだった。


僕が村下孝蔵を意識するようになったのはそれからのことだ。
なぜ僕は村下孝蔵の声に聴き惚れるのだろう?
同じ事は、小田和正にも言えた。

小田和正は僕が小学生の頃いちばん音楽を聴いていたアーティストだ。
アルバムの「自己ベスト」を、いったい何度聞いたことかわからない。
家族でドライブするときは必ず小田和正をかけてもらって、妹に疎ましがられたものだった。

小田和正は野球部出身で、そのせいかどうかは知らないけども、声変わりの時期を迎えなかったらしい。だからあんなに美しい歌声が出るのだ。
村下孝蔵の歌声も同じように美しい。村下孝蔵はベストアルバムの「林檎と檸檬」が完璧。

小田和正村下孝蔵の共通点は、透き通るような綺麗な歌声なのである。

ちなみに、京橋駅の話は全くの作り話である。

なんか、作り話のくせにインパクト少なくて、わざわざ作るほどの作り話でもないって感じだよね