私が陰毛を描写しない理由

「クリーの四コマ劇場」を読んでくれた方にはわかるかと思うけども、私はチンコを描くときに陰毛を描かない。
それにはいくつかの理由がある。

まず自分の中の確固たるポリシーとして、「チンコはファニーなものでありたい」というものがある。

陰毛を描かないことで、チンコはファニーなものとなるのであり、陰毛はチンコをファニーならざるものたらしめるものだと考えている。

では一体、陰毛を描写するとどうなるのか。
実はこれには、以前『下ネタが安易にウケるのは何故か』で言及した「女子の下ネタはリアルすぎて引く」という話とリンクしてくる。
そう、陰毛があるとチンコがその分リアルになる。写実性が増すのだ。
だからこそ、リアルすぎて引く、笑えないという自体に陥りかねない。

つまり、陰毛がないチンコ絵は、デフォルメされたチンコ。
それはチンコの表象であってチンコそのものではない。

だって、コロコロで連載されてるお下劣マンガ(今あるかは知らないけど自分が読んでた頃にはたくさんあった)に描かれるチンコにも、陰毛はないじゃないですか。
あー、自分の四コマもコロコロで連載できないかなあ。でも自分でR-18って言っちゃってるからなあ。


あと私が陰毛を描写しない理由として、もう一つ、陰毛を書くとチンコがチンコに見えなくなっちゃうかもっていう理由もある。
これは画力の問題。
というかそれ以前に陰毛を描くこと自体がめんどくさいっていう感じ。


まあとりあえず、私はあの簡素なチンコ絵(棒と袋のみ、画数は三画)にこの上ないファニーさを覚えるのであり、ああいうチンコが一番面白いチンコだと思っている。

だからこれからもああいう「デフォルメされたチンコ」をこれからも描いていく。
死ぬときまで、頭の中の妄想が尽きるその瞬間まで!